
時は如月末つ方、名も知れぬさる学び舎に、ひそり参じる影ひとつ。
差し込む月影浴びしは誰ぞ、と見れば、瀟洒な風姿の美少女なり。
夜気に湿りしその黒髪は、艶のあること鏡さながら。
闇に閃くその双眸は、奥深きこと瑪瑙のよう。
手にひッさげた孤剣は玲瓏、煌々と暗がりを照らして燦然。
これなん姓は川澄、下の名は舞、人呼んで“自分殺しの”舞その人。
峻烈なること雪風のごとし、可憐なること春風のごとき凄愴の麗人なり。
その身に流れるは“剣に祝されし民”の血脈、
すなわち聖と魔、清と濁の混じりたる剣舞姫(つるぎまいひめ)の末孫なり。
さて川澄舞太刀をばずらりと持ち上げて、ぴたり正眼に構えるや、
その両の目の先の先に、見えざる何かを見出したり。
すう、と細めたまなざしに、みなぎる気魂は裂帛そのもの、
沈黙のうちに空を刻めり。
やや、あって、
「・・・かッ」
気合一閃、真っ向微塵に断たれた虚空より、一陣の烈風吹きすさび、繚乱。
一呼吸。
風止み、静謐なり。
“その、魂魄だよ”
“それを、忘れなければ”
“彼女を・・・斃すこともできる”
“剣に祝福されし民の玄孫に仇なす、かの者を・・・”
そはいずこから聞こえしか、されど川澄舞の耳にはしかと届きし声なり。
「・・・御覧じよ」
虚ろなる宙に呼びかけて、“剣に祝されし族の裔”は深まる夜に身を消したり。
暗転。
明けて早朝、春なお遠き町並みを、雪をまぶした通学路を、川澄舞は走駆せり。
両のまなこは鷹さながらに、くまなく街路を見渡して、目標たる者、宿敵たる者を探せり。
やがて見つけたその背中に、川澄舞音もなくつと迫りたり。
爛々と煌く瞳には、数瞬のちの鮮やかなる屠殺のもようが瞭然なり。
(天誅なり!)
と白刃抜き放たんとした刹那、卒然、討つべき敵手が振り向きたり。
うら若きその娘、ぱッ、と笑みをひろげて、開口一番、
「あ、舞ー。おはよっ」
「・・・・・・」
先の殺気はいずれやら、川澄舞やにわに剣気をしずめ、こくりと素直に頷きたり。
「・・・おはよう」
「あははっ。今日はお昼ご飯たくさん作ってきたからね、たくさん食べていいからねっ」
「・・・・・・」(こくり)
「あははっ、舞は食いしん坊さんなんだからっ」
「・・・・・・・」(うにうに)
「わっ、舞、くすぐったいよーっ」
「・・・佐祐理が意地悪言うから」(うにうにうに)
「舞ってばっ・・・ほらっ、人が見てるから・・・やめ、・・・っ」
「私は・・・気にしない」(うにうにうにうにうにうにうに)
「もうーっ・・・」
“・・・・・・。”
ことほどかように、いと気高き剣に祝されし族の裔は、
はなはだのらくら日々を過ごせり、と世の歌い人たちは伝えたる。
妙なるかな妙なるかな。